メンタルヘルスの治療は世界的課題に

いま世界には、人々のメンタルヘルスを脅かすさまざまな脅威があふれています。世界経済フォーラムの統計によれば、世界中で10億人が不安障害に悩み、そのうち3億人はうつ病にも苦しんでいます。メンタルヘルスが世界の経済に与えるコストは、2030年までに16兆ドルに達すると見られています。

アジアでは、メンタルヘルスの治療に対する需要が増加する一方で、医療システムの体制が十分に整っていないと言われています。中国だけを見ても、メンタルヘルスサービスを提供できる有資格のカウンセラーは約4万人しかいません。チャイナ・ブリーフィングのレポートによれば、世界保健機関(WHO)は2017年に5400万人の中国人、すなわち人口の4.2%がうつ病を患っていたと推定しており、いかに人材が不足しているかがわかります。

このような衝撃的な統計が出ている中で、医療システムは一刻も早くこの問題に対処しなければなりません。そこで期待されているのが最新のテクノロジーです。ロボット手術、人工知能(AI)による画像診断、患者の遠隔モニタリングなど、すでに医療に抜本的な変革をもたらすさまざまなソリューションが登場しています。

患者の体験価値をさらに向上させるデジタルヒューマン

この分野でのトレンドとして、近年新たに浮上している1つが「デジタルヒューマン」です。デジタルヒューマンは、2つの側面で問題解決が期待されています。1つは、世界中で問題になっている医療人材不足に対処すること、もう1つは病院がサービス提供をデジタルで強化する上で大きな手助けになるということです。

デジタルヒューマンは、キオスク端末やタブレット、携帯電話にアバターとして登場させることができます。高いリアリティを実現したAIによって複雑な会話が可能で、さらに相手の顔の表情に反応することもできます。これを応用すれば、デジタルヒューマンは主に患者の話し相手となり、予約を取る瞬間から、病院に入って治療を受けた後に至るまで一貫して患者のサポートを行うことができます。

さらに、デジタルという特性を活かし、自身をバックエンドシステムにつないで診療記録を取り出したり、データ分析や重要な患者情報の収集を行ったりすることができます。

このコンセプトをさらに推し進めれば、デジタルヒューマンは患者の体験価値(PX: Patient Experience)をさらなるレベルまで引き上げることができます。つまり、患者1人ひとりにカスタマイズさせることができるのです。さらに興味深い点として、生身の人間よりもデジタルヒューマンの方が、患者は話をしやすいと指摘する医療専門家も存在します。

世界で広がる実証実験

デジタルヒューマンは、医療システムが次世代のメンタルヘルス専門家を養成している間に、短期的なソリューションとしてその一翼を担うことができます。混雑した病院に来て困っている患者に対して、フレンドリーに案内するという役割も期待できるしょう。シンガポールでは、一部の病院ですでにさまざまな機能を持つデジタルヒューマンの実用にあたりテストが行われています。

一方、ニュージーランドでは昨年、メンタルヘルス企業Mentemia(※イタリア語で「私の心」の意)が、メンタルヘルスのコーチとカウンセラーに特化したデジタルヒューマンの開発を開始しました。

同社によると、デジタルメンタルコーチは患者の日々のサポートをすることができますが、必要な場合には電話1本で人間が対応します。同社の創業者ジョン・カーワン氏はニュースハブに対し、「私の夢は、世界トップの精神科医と心理学者5〜6人の脳を持ったデジタルヒューマンを作ることです」と述べています

このようなデジタルヒューマンは、うつ病のスクリーニング、診断、深刻度の判定において専門家をサポートする役割を担います。国際的に認められた「患者健康質問票-9(PHQ-9)」を例に見てみましょう。PHQ-9は医師が患者の精神状態をよりよく理解できるようにするための臨床ツールです。デジタルヒューマンに、医師に代わってこれらの質問を行い、独自に診断を下すようにプログラムできるので、プロセスをスピードアップできます。

このコンセプトはすでにそのメリットが現れています。英国に拠点を置くレッドアーク・ナーシズは、2019年1月、医療テクノロジー企業と提携して、個々人にパーソナライズし、日々のメンタルヘルスサポートを行うアプリを提供すると発表しました。このアプリにはデジタルヒューマンと非常によく似たアルゴリズムが使われており、PHQ-9などの臨床ツールを使用してそれぞれの患者に合ったケアとサポートを提供し、患者が自らの健康状態をより適切に管理できるよう支援します。

メンタルヘルス専門家と患者の橋渡しに

ここで紹介した以外にも、もっとたくさんの可能性が存在します。しかし、デジタルヒューマンは医療専門家に代わるものではないということも重要です。人の温もりに代えられるものはありません。むしろデジタルヒューマンの目的は、患者が支援を必要とするとき、実際に人間が存在しなくても患者との対話をよりスムーズかつ手軽に行えるようにすることにあります。

もちろん、メンタルヘルスの患者は弱ってしまったときにより多くの愛情とサポートを必要とするので、デジタルヒューマンが安心と慰めを提供し、患者とメンタルヘルス専門家の間の橋渡し役として機能することもできます。メンタルヘルスの問題が深刻化する前に、その流れを断ち切る存在としてデジタルヒューマンには大きな期待が寄せられています。