ソフトウェアが運転手になる時代は近い

自動車保険は最も古く、最もなじみの深い保険の1つです。1世紀以上にわたり蓄積されたデータを活用して、車の型やモデル、運転者の年齢・性別、車が駐車される場所、そのほか何百もの要因をベースにリスクを割り当てることができます。

しかし、自動車保険はある重要な前提に基づいて作られています。それは、「車を制御するのは人間である」ということです。

運転者が3000万円のフェラーリを運転する中年女性であろうと、500万円のカムリを運転する18歳の男性であろうと、保険業界はその車が事故に巻き込まれる可能性を評価する十分なデータを持っています。保険会社は保険料を定め、車が損傷したり、運転者が他の車や資産に損傷を与えたりした際に、いくら支払わなければならないのかを判断することができます。

しかし、もし車を制御するのは人間であるという前提が崩れてしまったらどうなるのでしょうか?

世界中の自動車メーカーは今、人の手に依存しない運転技術を開発しています。これは私たちが今まで見てきたような車とはまったく異なるものです。いわば、人々をある場所から別の場所まで運ぶことができるロボットであり、その行動はソフトウェアによって制御されます。

今日の車は車間距離やスピードの維持を支援するクルーズコントロールや、運転者が反応する前に減速したり停止したりするインテリジェントブレーキ、あらかじめ決められた車線を維持できるようにする車線逸脱防止支援システムなど、安全な運転を補助するための便利な機能を多数提供していますが、事故の際には依然として運転者が責任を取るのが原則です。

しかし現在では、車にペダルもギアもハンドルもなくなる時代が近づきつつあります。そのような世界では、運転者はいなくなり、乗客は車にどこに行きたいかを伝えたあとは、外で何が起こっているかを気にすることもなく座っているだけです。そのため、運転者の運転ミスが事故の原因になることはなくなるのです。

自動運転によって責任の所在が曖昧に

現在の自動車保険は、車が事故に巻き込まれたら、定められた割合に応じて運転者が責任を取るかたちとなっています。しかし、運転者がソフトウェアだったらどうでしょうか。2台の自動輸送ロボットが道路で衝突したとしましょう。保険会社はどうすれば責任を明らかにできるのでしょうか?

ソフトウェアが意図されたとおりに動作し、衝突することによって人命が救われ、乗客の負傷が防止され、物的損害が最小に抑えられたとしたらどうでしょう?車が意図されたとおりに動作したのであれば、保険会社は車の所有者に超過額や自己負担分を正当に請求することができるのでしょうか?

保険会社にとってもう1つの問題となるのが、事故の発生率が大幅に低下し、リスクの算出方法に変更が必要になると見られていることです。自動運転車は単独で動作するわけではありません。いずれは交通管理システムと連携して最も効率よく安全なルートを走行するようになります。

したがって、車は出発したら、道路上のほかの車と通信し、潜在的な危険を回避するためにルートを調整します。例えば、多少遠回りでもスリップする危険を避けてより安全なルートを選ぶ可能性もあります。このように、人間の運転者よりも高度な予測によってリスクが回避されるのです。

また車が盗まれないように車が自ら逃げることができるようになり、盗難が減少する可能性さえもあるでしょう。

保険会社のビジネスは対企業へとシフトする

現在では、カーシェアリングがいっそう普及し、車の所有に対する価値観も変化しつつあります。その中で保険会社は個人の顧客が減少し、企業との取引が増加する可能性があります。ましてや自動運転車ともなれば、運転者が存在しない以上、運転者は保険に加入する必要がないかもしれません。そうなったときに自動車保険はどうなるのでしょうか?

このような変化が訪れたとき、保険会社はエコシステムの提供者に目を向けるようになります。新しい自動運転車を運転させるためにアルゴリズムとソフトウェアを開発した自動車メーカーの責任が問われることになるでしょう。

米調査会社のRANDの報告によれば、製造者責任保険が増加し、個人責任保険は減少すると見られています。米国では、ミシガン州など一部の州がすでに、自動運転システムに過失がある場合に自動車メーカーに責任を負わせる法律を成立させています。イギリス政府も同様の法律を検討しています。

製造者と運転者が責任を共有する場合、保険の問題はもっと複雑になる可能性があります。保険会社には責任の複雑な計算を行ってきた経験があるため、こうした変化は好都合である一方、考慮しなければならない要因の数が変わるということと、モデルを構築するための過去のデータが存在しないため、大きな困難でもあります。

保険会社は事故のケースの新たなモデル構築が必要に

保険というのは、本質的にデータを中心とするビジネスです。ロボットによる自動輸送を実現する新しいエコシステムでは、人間が運転に関与しない車がどのように動作するかについて、多くのデータが収集されます。こうしたデータは、保険会社がビジネスの対象を個人から自動車メーカーへとシフトさせ、新しいモデルを構築するのに役立つでしょう。

保険業界がこのようなモデルを構築するには数十年かかりますが、2000台の完全自動運転車が年間に生成するデータの量は、2015年に世界中の運転者が生成したデータのと同じ量になると言われています。これは、ホライズン・ロボティクスの共同創業者および副社長であるチャン・ファン博士が2019年のCESアジアの基調講演で自動運転車のテーマで述べたことです。

いずれにしても、保険会社がさまざまなシナリオを検討し、保険請求につながる事故の可能性のモデルを構築する必要性があるのは確実です。今後はビッグデータとアナリティクスを活用して連携させ、データに基づいて価格やリスク評価、シミュレーションの算出が行われるようになります。

保険会社は、自動運転車が普及するにつれ、データモデルとビジネスの手法を調整しなければならなくなります。しかし、人間が運転する必要がなくなり、保険会社が十分なデータにアクセスできるようになるのは、まだまだ先のことです。

新しいエコシステムの創造者と一緒に取り組み、新しいデータモデルを模索することで、保険会社は自動運転がもたらす変化に備えることができるでしょう。